公共機関の不祥事があると、「失った信頼を取り戻すには」というようなテーマが当事者にも、受け手側にも挙がります
しかし発電所などのインフラ提供者や放送局などに普段「信頼」を感じながら生活してはいない気がするんです。その存在を意識したときに意見や感謝をしないという意味ではありません。そのような、あまねく人々に提供されるモノやサービスというものは、普段何も意識せずとも継続されてゆくべきだと思うのです。共に存在するための最低条件の一つであって欲しい。友達、恋人、家族などに備わっているような、疑いようのない何か。
信頼を取り戻すと言うのなら、「普通」であるだけでよいと思います。ただ問題を起こさず、起きたら対処し、我々の生活を支えてもらえたら福祉として十分な信頼を根底に置くことができるはずです。